ブログのカスタマイズ(5)バナーの貼付

暇つぶしに、またまたブログのカスタマイズ(苦笑)

*copyright
今回はちょっとあそびでサイドバーの下部に「made on a Mac」のバナー貼付。このバナーはアップルのサイトから貰ってこれる。要するにアップル製のハードやソフトを使ってサイト構築するところには自由に貼れると云うわけだ。細かい規制もあるので、詳しくはアップルのサイトを見てください。

サイドバー最下部には通常「powered・livedoorBlogのロゴ」と「syndicate」と「このBlogをチェッカーズに追加」と「このBlogをリーダーに追加」とが並んでいる。この上の部分の「カテゴリー」や「アーカイブ」などは左詰めなのだが、「powered」以下は幅117pixlでセンター揃いになっている。ここがちょっと気にくわなかったので、バナー貼付のついでに全部左揃えを試みてみた。

そんな細かいところを・・とも思うが、そんな細かいところにこだわるのがデザイナー流(笑) 簡単に出来ると思っていたら、意外と骨を折ってしまった。

そのままHTMLを加工すると、blog本文の処までビロ〜〜ンとはみ出してきてしまう。結局、テーブルタグを組み直して狙い通りにおさまった。HTMLが分かる人はトップページのソースの下の方を見てもらえれば分かります。

しかし!どうやら「powered・livedoorBlogのロゴ」と「syndicate」はcssとHTMLだけを触っても変更が効かないようになっている。マスターのxmlをさわれないと難しいかも。

そりゃ、看板だからこれを外すというのは御法度だろうけど、置場所くらい変えられないものかと思いますが、どなたかやり方をご存じなら教えてほしいね。


アップルWebバッジ
http://www.apple.com/jp/about/webbadges/
*copyright : Mac and the Mac logo are trademarks of Apple Computer, Inc., registered in the U.S. and other countries. The Made on a Mac Badge is a trademark of Apple Computer, Inc., used with permission.
(Mac、Macロゴは、米国およびその他の国で登録されているApple Computer, Inc.の商標です。Made on a MacバッジはApple Computer Inc.の商標であり、同社の許可により使用しています)

内田勘太郎

残念ながら今回はウチ(シーガル)ではないが、まもなく行われる大好きな内田勘太郎のLIVE情報をちょこっと。

内田勘太郎 SOLO LIVE in KURUME vol.2
・DATE. 2005.4.22(FRI) Open/18:00 Start/18:30
・TICKET. reserve.3,000 yen doors.3,500 yen(with 1 drink)
・イズミホール(IZUMI Hall)久留米市六ツ門町(泉屋酒販(株)本社ビル3F)
livedoorMAP[地図]
・INQUIRY Phone.0942-32-7111
・Opening Act:TOMO 小雪
・Produce : 久留米勘太郎会
・E-MAIL : info@tarzan-sound.com

内田勘太郎との最初の出会いは、199x年(はっきり覚えてない)にウチのホールでやった憂歌団のライブだった。PAは日田のT氏だったのかなあ。憂歌団は高校時代から仲間内では、はや伝説のバンドと化していて、大ヒット即放送禁止歌となった「ビルのおそうじおばちゃん」他、様々な楽曲を雑誌のコード進行付き譜面を横目にギター弾きながら唄っていた。そういや、ブルースのコード進行なるものを漠然と気にし始めたのもこの頃だったなあ。

当時の憂歌団はどちらかというと勘太郎よりはボーカルの木村クンの個性が強烈で、とっかかりはやっぱり「ゲゲゲの鬼太郎」のあのしゃがれ声だった。勘太郎の存在を知ったのは、憂歌団をある程度聞き込んでからだったと思う。

「憂歌団にはすごいギタリストが居る」

何でウチのホールでやることになったのかもはやよく覚えていないが、話が来たときには二つ返事でやろうと決めていた。ホールのキャパは200人。ひょっとすると入りきらんかも知れんと思ったのと、10〜20代の頃演劇の世界に足を突っ込んでいて、赤テントの状況劇場公演などを経験していたからか、即座に思いついたのは「半分、桟敷にしよう」だった。詰め込みが利く。

ドサまわりのテント劇と憂歌団のイメージが私の中ではピッタリと重なっていたのかも知れない。

多少面くらい気味なお客さんに入口で靴を入れるビニール袋を配りながら、いざ開演・・・シビレタ!今の出で立ちと雰囲気がちがって、当時の勘太郎は確か多少ぼさぼさの長めの髪にサングラスって感じだったような気がする。

カルピスのビンだったとか聞くが、唸るようなボトルネックのギターはそれまでラジオやレコードで聴いていた憂歌団の音楽を根底から覆すような強烈な印象だった。「こんな人が居るんだ」

ライブ終了後、憂歌団の面々と一緒に飲んだんだけど、ライブの印象ばかりが強烈で飲んだときのことはよく覚えていない(当時は若かったから、決して酩酊していたわけではない(苦笑))


その後、憂歌団は突然の解散となり、勘太郎は沖縄へ移り住む。発心コンサートを初め市内のライブで内田勘太郎として会うようになったのは最近のことだ。

2002年、発心コンサートで「内田勘太郎トリオ」として沖縄からベース・パーカッションとともにやってきて、そのパワフルな演奏でまた存在感を新たにした勘太郎は、以来毎年久留米を訪れてくれるようになった。風体は変わっても、勘太郎のギターはあの頃と少しも変わらない。私よりひとつ年上なのに若く見せる(笑)?勘太郎はそれからときどき一緒に飲む機会が出来、ステージ上の伝説だけではなく、少しだけ身近な存在になった。

今度も何とか都合をつけて行きたいなあ。

TARZAN SOUND SYSTEM
http://www.tarzan-sound.com/
発心コンサート
http://www.tarzan-sound.com/hossin/index.html
内田勘太郎オフィシャルサイト
http://www5e.biglobe.ne.jp/~k-funk/
憂歌団
http://www.listen.co.jp/xtpart1000246.jsp

チッゴ・アミーゴス・・・in りんどう歌謡教室

何人くらいの会員さんが居るんだろう「りんどう歌謡教室」

おさらい会と称して毎年この時期に発表会が行われている。今年は約60名の方が参加されていた。講師役は地元で活躍される熊谷真由美さん。それとシニアネット久留米現理事長の須佐先生が全般に音楽的な御世話をされている。

どなたも実に愉しそうだ。歌も・・・なかなか・・。いくつになってもステージに上がる緊張感があったり、同じ趣味の仲間が居るというのは実に良いもんだなと思います。

あいにくと私にカラオケの趣味はありませんが。



さて、今年の発表会ではアトラクションとして「チッゴ・アミーゴス」が登場した。


前述のシニアネット久留米のラテン系?バンド。揃いの絣のポンチョやソンブレロで颯爽と登場。軽快な音楽を披露されていた。どなたも素人とは思えないノリっぷり。

数年前に、楽器らしい楽器もないまま会員をメールで募集して発足。最初は「チンドンバンド」その後、高良山の金明竹の間伐に行き会わせた会員の一人がこれを譲り受け、いわゆるバンブー楽器を製作。その名も「珍竹林バンド」と改称して、市内あちこちに出没する怪バンドとして活動。昨年ラテン楽器の寄付を受けて、現在の「チッゴ・アミーゴス」にバージョンアップした。

シニアパワーには負けますなあ(笑)・・・という私もいつの間にか今年で50歳。立派な正会員の資格がある年齢になってしまいました。

めざせ、不良老人ってか(笑)

シニアネット久留米は、現在会員数 人の電脳シニアの団体です。毎日10〜30本配信されるメーリングリストの数にも圧倒されますが、現役時代のすごい経歴や知識の持ち主も多く、読みごたえのあるメールもたくさん飛び交っている。

シニアネットの紹介はまた後日アップしましょ。

シニアネット久留米
http://www.snk.or.jp/
チッゴ・アミーゴス
http://www61.tok2.com/home/tsumire/amigo/

石橋 凌

石橋凌は実は私の高校のひとつ後輩だ。カミサンとは同級生になる。高校の頃の彼は、長髪のやせっぽちでほんの数名の「軽音楽同好会」というのをやっていた。その頃はもちろんまだ、ロック系音楽は少なくとも学校現場ではあまり認められていなかった。

高校の部活は「部」と「同好会」に分けられ、たとえば音楽「部」には予算がつくが軽音楽「同好会」には予算はつかない。勝手にやってくれって感じか(笑)

ともかく、そこで「アップルトゥリー」というバンド名でエレキギターを弾いていたのをよく覚えている。当時はどちらかというと自分たち自身が持ちたい楽器としてはフォーク全盛時代。時代の寵児は吉田たくろうであり、岡林信康がそのカリスマ性を最高に放っていた頃だった。

もちろん、BeatlesとRolling Stonesはしのぎを削り合い、グランドファンクレイルロード、レッドツェッペリン、シカゴ、クイーン・・等などグラムロックやらパンクやら洋モノも花盛りだったが、エレキを実際に手にする者はそう多くはいなかった。

印象的だったのは文化祭のステージ。ギターを少しローポジションに構え「Hey Jude !」を熱唱していた。今でもよく想い出す。

その後彼はARBとしてメジャーデビュー、かなりの活躍であったことは風の噂に聞いていた。役者として「アホーマンス」やNHKの大河ドラマで一気に人気を博していったのはここ10数年くらいか。迫力のある演技というか風体、存在感はこれがあの石橋かと刮目した。

それ以前、彼を知る地元の仲間たちの間でもっと衝撃的だったのは、女優原田美枝子との結婚だった。

音楽ファン以外の者でもこの話題には「隣にいたあいつが一気にメジャーな芸能界の世界に行った」あるいは「ロックばしよると女優さんとケッコン出来る」「良かね〜〜」的な強烈さだったと思う。垂涎の的とでも云おうか。

スマン、石橋、下世話な話ばしてしもうた(苦笑) 奥さんの人気のなせる技だったと笑って許してくれ。

その彼が久しぶりに久留米にやってきたのは、地元で長く活躍していた、あるロッカーが不治の病に倒れ、その彼を励まそうと仲間がライブパーティを開いたときだった。来るのか来ないのかはっきりしなかったけど、パーティが始まってしばらくした頃、彼は遅れて一人でやってきてそのまま、何曲かを他のバンドをバックに唄った。

一昨年の六角堂広場がオープンしたときも彼は一人でやってきて広場のオープニングイベントに花を添えていた。彼の久留米を愛する姿勢はいろんな処で垣間みることが出来る。


2004年、ついにARBとしての石橋凌を見ることが出来た。国民文化祭J-POPx10LIVE。SHEENA & THE ROKKETSの鮎川さんと同様、久留米のためにと二つ返事で出演を快諾してくれた。

ステージに上がる彼は、それまでにも増して素晴らしくカッコ良く見えた。オーラを強烈に放っているのが解る。これがARBの石橋なのだ。ビッグになって行くんだなあと思った。その後、ROKKETSとのスペシャルコラボレーションは、観る者全てを感動へと誘った。


先輩後輩の顔見知りだったが、そんなに直接交友があったわけではない。こっちも向こうを知っているし向こうもすれ違うときには後輩として「チワッス!」と挨拶する程度。

ウチのホテルに宿泊し、イベントスタッフと一緒に交流会もホールでやったが結局一枚のサインも申し込まないままだった。もちろん、ホテルスタッフとしての仕事と割り切るってこともあったけど、何だか昔のよしみを持ち出しそうでそれを制しようと思っていたからなんだ。

交流会でもそうだったが、いろんな処で彼の言動を垣間みると、その誠実さ、仁義を重んじる彼の性格がよく解る。高校時代そのままだとも云えるし、もっと人格が磨かれたとも思える。

例えはちがうが「男子三日会わざれば刮目して見よ」だ。ホテルロビーに立つ彼は後輩の石橋○○ではない、ARBの石橋凌なんだ。そのことを尊重すべきだと思った。

J-POPx10 LIVEの後、彼が出演している番組はよく観るようになった。松田優作との出会いの話も聞かせてもらったし、役者としてもう一枚成長しようとしている真摯な姿がうかがえる。

彼の今後の活躍に注目し、久留米から静かに見ていたいものだ。


UNIVERSAL MUSIC [石橋凌]
http://www.universal-music.co.jp/ishibashi_ryo/
鈍牛倶楽部 [石橋 凌]
http://www.dongyu.co.jp/profile/ryo_ishibashi/actor_temp.html
「石橋凌」のフィルモグラフィ
http://www.allcinema.net/prog/show_p.php?num_p=72576


※画像の無断転載は堅くお断りいたします。
J-POPx10 LIVE Creative Committee;2004-2005 All rights reserved.

SPECIAL COLLABORATION, Ayukawa & Ishibashi [鮎川 誠と石橋 凌]

ちょっと古い情報ですが、ここに書き記すことでひとつのメモリーとして残したいと思いますのでよろしくお付き合いください。

全国から60ものアマチュアミュージシャンのエントリーを受けて行われた第19回 国民文化祭 J-POPx10LIVE は2004年11月、2日間に渡って行われた。2年以上前もから周到な準備を重ね、それまで地元を中心に様々な分野で活躍する企画スタッフがその運営にボランティアで参加した。


・運営企画の核になった組織
カルキャッチくるめ
http://www.culcatch.jp/
特定非営利活動法人 くるめ水の祭典ガマダス
http://www.kurume-matsuri.info/

じっくりと時間を掛けて行われた審査を経て、アマチュア11バンドが選出され、さらに韓国から芸能関係大学のK-POPバンド2バンドの出演が決定したが、最後まで議論が続いたのが当日のゲストアーティストだった。

様々なアーティスト名が候補に挙がっては消えていく中、結局11/6イベント初日の土曜に地元出身の鮎川誠率いるSHEENA & THE ROKKETSと石橋凌のARB、2日目にヒップホップ系で人気急上昇のPaniCrewが決定した。

はっきりと区切っていたわけではないが、初日が地元ロッカー系、2日目が若者系という感じか。全ての出演バンドが決定したのはその年の6月になってからだった。その後、市内の六角堂広場でキャンペーンのライブを行ったりと、様々な手配が企画スタッフによって進められていった。

企画を進めながらも、その間に予算案が2転3転する。各部の調整を行いながら企画に修正を加えていったが、極めつけは土壇場の1ヶ月前になってステージプランの全面練り直し(汗) 連日のように会合を持ちながらようやく、当日にこぎ着けた。

一発ものの野外イベントは当日の天気に80%成功の是非がかかっていると云っても過言ではない。祈りが天に通じたのかイベント当日は2日間とも快晴の好天気に恵まれた。芝生広場に威風堂々組上がった巨大ステージを眺めながら、開始前に成功の予感がひしひしと伝わってくる。

しかし、蓋をあけてみなければ解らないのがイベント。スタッフにとっては始まって満場の観客を見て、初めて安堵の胸をなで下ろすことが出来る。成功の予感と云っても、一方では観客が少なかったらどうしようなどと、そんな思いがぐるぐると頭の中を駆け回る。予感はあっても、ただひたすら自分に「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせているようなものだ。


しかし、結果から云うと好天に恵まれ、2日間のイベントは大成功だった。広大な芝生広場は観客が埋め尽くし、ゲスト出演の時間が近付いてくると、すでにオールスタンディングの状態。動員数の杞憂は瞬間、事故への対策に切り替わる。

特に久留米の者にとっては、初日の鮎川誠と石橋凌のコラボレーションが圧巻だった。最初にステージをこなしたARBの後、SHEENA & THE ROKKETSが演奏を始める、最後に凌が戻ってきて久留米を愛する二人のアーティストのコラボが実現した。久留米のファンはこの日のことを決して忘れないだろう。



※画像の無断転載は堅くお断りいたします。
J-POPx10 LIVE Creative Committee;2004-2005 All rights reserved.

SPCIAL ARCHIVES/J-POPx10 LIVE on November 6-7th 2004
http://kurume-matsuri.info/2004jpopx/infocm2.html

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