第32回久留米高校ウィンドアンサンブル

第32回久留米高校ウィンドアンサンブルコンサート第32回久留米高校ウィンドアンサンブルコンサート明善に続いて今回は久留米高校ウィンドアンサンブルの紹介。私にとってはかわいい後輩への応援といった処かな。今の高校は私たちの在学当時とは何処も随分雰囲気がちがっている。

ぼくの髪が肩まで伸びて君と同じになったら 約束通り街の教会でケッコンしようよ、などとノーテンキな事をのたまっていたあの頃は、何かにつけて自由な校風だった。今の久留米高校がどんな校是なのかは知らないが、確かあの頃は「自由・自主・協調」みたいな感じだったような気がする。(あてにならない勝手な記憶か?)

紅顔の坊主頭で入学した昭和40年代後半には、学校はすでに三無主義だった(苦笑)

三無主義とは「無関心・無気力・無責任」と云うわけで、学生闘争花盛りだったその頃の当世学生気質を語ることばだったわけだが、入学したばかりの私はその意味すら知らなかった。知る訳ないよね、中学時代はあけてもくれても水泳スイエイで、勉強そっちのけで部活に熱を入れていたし、他の時間はヒマさえあれば寝ていた気がする。

しかし、私にとって三無主義など何処へやら、高校時代は振り返ってみる私の人生の中でも最も濃密な3年間だった。入学式当日、学校の門をくぐるかくぐらないかのうちに、校門で待ちかまえていた中学時代の水泳部の先輩に「おっ、イモ!*来たな。こっちこっち」と校舎に入る前に校門横の水泳部の部室へ連行された。
*当時の私の先輩からの呼び名は「イモ」だった。今想い出した(苦笑)

実は死ぬほど練習に明け暮れた中学時代の水泳部生活から、別にそれが嫌だったわけではないのだが、高校に入ったら天文学部に入ろうと思いながら学校へ向かっていたんだ。・・・しかし結局そのまま中学高校と6年間水泳を続けることになった。

・・・いかんいかん、思い出バナシをしていたらキリがなくなる。


久留米高校吹奏学部さて、実は昨年久留米の文化情報誌「カルキャッチくるめ」の取材で同校吹奏学部を訪ねたことがある。新鮮な気持ちになったのは久しぶりの母校だということもあったのだが、体育会系クラブの連中が練習している横を校舎へ向かっていったとき。

「こんにちは」「んちわ〜っす」「こんちは〜!」

すれ違う子供達が皆挨拶してくる。自分に直接関わりがなくとも学校を訪れた人を歓迎してくれているようで気持ちがよかった。校舎に入ると職員室の前にはずらりと机が並び、勉強に取り組んでいる子供達もいて、この辺り私たちの頃とは随分ちがうなあと実感もしたが、どの子も明るくて屈託がない。

進学校に変わった(もともと普通科だから進学校ではあったのだが)と聞いてはいたが、実際に接する後輩たちはとても爽やかだった。

聞くところによると、吹奏学部はみんな防音設備が整った音楽室で練習しているという。僕らの頃は放課後の校庭にはどこからか必ずラッパの音が響いていた。みんな外で吹いていたんだ。学校の音の風景も変わっている。

ウィンドアンサンブルというスタイルでの演奏会は今年で32年目、文化ホールの会場には立ち見が出るほどの盛況だそうだが、申し訳ないが実は卒業以来まだ一度も聴いたことがない。

ファンにリクエストを聞くと決まって「マーチ」が筆頭に上がるという吹奏楽は、軽やかなリズムと明るく爽やかなサウンドが真骨頂。初夏の風のような若い後輩たちの演奏に期待しよう。

・・・しかしまたなんで、ゴールデンウィークの真っ直中なんだ?


第32回久留米高校ウィンドアンサンブルコンサート
KURUME High School Wind Ensemble Concert

・DATE/May 4th 2005
・OPEN/13:00 STRAT/13:30
・ticket reserve.500yen doors.700yen
・ISHIBASHI Cultural Hall
・Inquiry phone.0942-33-1288
 (KURUME High School)

・MENIU
 1st Stage
 ・マーチ「春風」
  March "Spring Breeze" Minami Toshiki
 ・リトルマーメイドメドレー
  Little Mermaid Medley Alan Menken
  -Under the sea-Kiss the Girl-Part of Your World-
 ・序曲「運命の力」
  The Torce of Destiny Overture G.Verdi Gemba Fujita
 ・カディッシュ
  KADDISH W.Francis McBeth
 ・アルメニアンダンス
  Armenian Dances(Part 1) Alfred Reed
 2nd Stage
 ・シング・シング・シング
  Sing Sing Sing Loice Prima Naohiro Iwai
 ・サウンドオブミュージックメドレー
  Sound of Music(Medley) Richard Rodgers&Oscar HammersteinII
 ・クラリネットキャンディ
  Clarinet Candy Leroy Anderson
 ・オペラ座の怪人
  The Phantom of Opera Andrew Loyd Webber Warren Barker
 ・私の気に入り
  My Favorite Things Richerd Rodgers Akira Miyagawa

・CONDUCTOR
生野守昭 生野 守昭 Ikuno Moriaki
隈丸宏子 隈丸 宏子 Kumamaru Hiroko



久留米高校公式サイト
http://kurume.fku.ed.jp/
石橋文化ホール
http://www.ishibashi-bunka.jp/index.html
石橋文化センターMAP

livedoorMAP
福岡県久留米市野中町

第6回筑後川トライアスロン大会募集開始

第6回筑後川トライアスロン大会

もうすぐ、筑後川トライアスロン大会の募集が始まる。今年で6年目の大会だ。スイム、バイク、ランの3種目全て筑後川とその河川敷で競うと云う、海の会場が多いトライアスロン競技では全国でも珍しい大会だ。この筑後川大会と長良川国際トライアスロン大会くらいか。

実行委員会スタイルで、地元のトライアスリート達のボランティア活動で運営されている。毎年各地から多くの選手が集まり、トライアスロンとしては人気の大会になっている。昨年は一般、キッズ合わせて500名以上の登録という大所帯でスタートしたが、残念ながら台風の直撃を受けて本大会は中止に追い込まれた。地元アスリート達の心意気で秋に代替大会が行われたが、コースや運営の都合でアクアスロン形式が取られた。

今年こそはフルに51.5kmのトライアスロンディスタンスをやり遂げようと、スタッフの意気は盛んだ。

トライアスロンはまだ日本ではそれほどメジャーなスポーツではない。オリンピック競技になったのも2000年のシドニー大会からだ。筑後川大会もその年に始まった。しかし、選手総数数百人、観客スタッフ合わせて1000人規模の筑後川大会運営のノウハウは、実は20年以上の歴史がある。

有名なアイアンマンハワイが始まったのが1978年、そのわずか4年後の1982年に久留米トライアスロンが始まった。地元の草アスリート達が始めたもので、以来21年間毎年行われてきた。現在は筑後川大会にシフトしていったが、まだまだ「トライアスロン」という言葉さえ日本では一般的ではなかった頃、ましてや久留米ではいったい何人その言葉を知っていたのかという時に、すでに始まっていたというのは非常に画期的な出来事だ。

筑後川大会にはシドニーオリンピック日本代表の福井英郎選手やトライアスロン指導の第一人者白戸太朗が、毎年訪れている。もちろん大会に出場するが、キッズトライアスロンに出場する子供達にトライアスロン教室を開いてくれている。トップアスリートとのふれあいは非常に貴重な体験になっていることだろう。

メイントランジション、くるめウス筑後川は私たちが子どもの頃は泳いではいけない川だった。日本住血球虫を介在する宮入貝の生息が原因だった。その後撲滅宣言が出て、泳げる川になったとはいうものの、清流と云うにはまだまだ透明度が足りない。

競技者によるもっときれいなところで、もっと澄んでほしいという思いが、川の水質浄化という環境保全へのアプローチも果たしていくだろう。


今年の大会は7月24日(日)。ぜひ足を運んでみてください。


筑後川トライアスロン大会公式サイト
http://seagulls.co.jp/triathlon/
第21回久留米トライアスロン
http://iwaisport.com/triathlon/21th/21th.html

大会メイン会場MAP

livedoorMAP
福岡県久留米市新合川1丁目

青木繁《海の幸》の100年

石橋美術館で「青木繁《海の幸》の100年」と称した展示会が開催中です。青木繁海の幸の100年




名作ものがたり

青木繁《海の幸》の100年
名作誕生の謎と100年の歴史にせまる


Date : April 13th to July 10th
ISHIBASHI MUSEUM

Copyright © ISHIBASHI FOUNDATION, All Rights Reserved.

「最新の光学技術をつかったデジタル画像や顕微鏡画像による分析のほか、制作地の千葉県布良(めら)海岸や青木繁ゆかりの地を紹介。影響関係が指摘されるモネの海景も特別出品します」・・美術館広報より

最近、絵画・美術に関するニュースを見ることが少ないような気がするのは気のせいか。まあ、美術特に絵画なんて云うのはまったく静的な芸術で、今の時代にそんなにニュースネタになるわけもないか。

走って走って走りまくらないと追いついていけないようなネット社会になっちまったけど、一方でスローライフが脚光を浴びつつある。美術館観賞なんかも格好のスローライフ。久留米に美術館があるということはとても幸せなことだ。ブリヂストン創業者、正二郎さんは偉いよね。

石橋美術館夜景天下のブリヂストンは今や世界に誇る大企業になり、その昔久留米はゴム三社とか云ってその中心地だったけど、今や「発祥の地」みたいなもんだ。

小学校の教科書に出てくる「久留米」の文字はこのゴム三社と久留米絣がらみが相場だったけど、今はたぶん出てこないよね。絣は出てくるかも知れないけど、実際に作っている工場は広川町や筑後市がほとんどだし。

今なら、久留米名物は豚骨ラーメンとヤキトリか。しかしまあ、教科書に出てくることはないだろう。

先日、桜の咲く時期に夜の石橋文化センターに行ってみた。夜に行くのは久しぶり。もっとも普通は夕方5時には閉園だから当たり前だけど。文化センターの花と云えば、薔薇園とペリカンプール周りのサルビア、日本庭園の菖蒲等といっぱいあるけど、いっぱいあるから桜の名所という感じはない。でも、結構きれいでしたよ。案外花見の穴場だ。

市内あちこちには眼にも鮮やかな深紅の久留米つつじがそこかしこに見られる。高良山森林公園のつつじももうすぐ満開かな。

石橋文化センター夜景

石橋美術館
http://www.ishibashi-museum.gr.jp/
石橋文化センター
http://www.ishibashi-bunka.jp/
石橋文化センターMAP

livedoorMAP
福岡県久留米市野中町

広場のあゆみ (3)2005年

2005年2月20日、福岡県下320の青少年アンビシャス事業団体の中から8団体が選ばれ、あいかわアンビシャス広場もその中のひとつとして麻生福岡県知事から、表彰を受けました。表彰式当日には、ぜひ直接頑張ってくれていたお母さん達に行ってほしかったけど、マラソン大会と重なってしまたので私が行ってきた。

この表彰は、子供達にプラスの変化をもたらしたかどうか、活動内容に新しい工夫があり、他のモデルとなる内容だったか、また他の団体との交流があったかどうかを基準に選ばれたということらしい。

あいかわアンビシャス広場は、委員会メンバーだけではなく、校区公民館を始めたくさんの地域の方々や団体、久留米大学のボランティアサークル「BBS会」の学生さんなど、多くの人たちの協力で成り立っている。

校区のたくさんの方々が協力しあう姿勢がこの受賞に結びついたのだと思います。地域と学校と保護者の良い関係に対する受賞だといえると思う。あいかわアンビシャス広場がその独自の活動とともに、これからも様々なボランティア活動のネットワークを紡いで良ければいいね。

「ともに育ち合う教育」とよく云いますが、様々な人が様々な形で関わっている、そんなふれあいがこれからも続いていくことを願います。

於;表彰式会場/シンポジウムで講演をされた
ノーベル賞受賞の小柴博士(前列中央)と
麻生知事(前列中央左)



福岡BBS連盟
http://fukuoka_bbs.at.infoseek.co.jp/
青少年アンビシャス運動
http://www.ambitious.pref.fukuoka.jp/

広場のあゆみ (2)2003年〜2004年

本当にまるで義務化したような学校行きだったけど、立ち上げ当初の役員さんたちみんなの頑張りにとても感謝している。毎月1回は夜に会合を持ち、月毎のスケジュールを調整する。これは今でも続いています。

1〜2年目には、平日の広場につく担当をPTAで順送りしていたけど、結局、来る人来ない人のばらつきが出てきて、役員中心の活動になってしまう。その後、PTAの組織内に「アンビシャス委員会」を正式に作り、但し、有志参加で希望があればずっと続けていける委員会構成にした。一般のPTA委員会は毎年メンバーが変わるが、この委員会は任意の自由参加とした。最初は1〜2名だったが、現在は専門委員に5〜6名のお母さん達が協力し合っている。

週4日開所も負担が大きく、3年目からは無理をせず木曜日と土曜日の2日づつの開所に変更。義務化してしまうのはいけない。その後はこのペースで続いている。子供達にも定着しつつある。

転機があったのは、3年目。地元の久留米大学のボランティアサークル「BBS会」と協力関係が出来てからだった。恒例化していた学校キャンプなどには大勢で、また平日の活動には交代でボランティアの大学生が来てくれるようになった。

子供達にとって、年齢の近いお兄ちゃんお姉ちゃんの存在は大きく、平日のバドミントンなどには子供達が数多く集まるようになっていった。多いときには40〜50人もの子供達でごった返す。様々な遊びを振り分けていった。

SOCIAL NETWORK
facebook twitter
FAVORITE LIFE
  • CIBOLA for iPhone7Plus
  • 素直に歓べる歳に
  • 森林公園
  • 素麺日和
  • 買い物袋
  • 端午の節句
  • 水の祭典マスク
  • たこ焼き
  • 流川の桜
  • 関山
  • 雛飾り
  • 土筆
MONTHLY ARCHIVES
SEARCH
Google

IN SITE  WWW Search