January 10, 2010
「馴れ」の文化
パイプを再び始めた一番の理由は、紙巻きタバコの臭いかも知れない。まあ、人一倍、タバコの臭いを嫌うカミサンがパイプの薫りを認めてくれたって事も大きいが、何種類かのパイプたばこを試していると、パイプスモーキングとは一面、薫りを楽しむ文化でもあるんだなと今更ながら思う。
シガレット1本やりだったこれまで、たばこの臭いとは毛嫌いされるだけだったものが、なんとまあ180度違う印象になるから不思議。
しかし、今はそう思っているけど紙巻きたばこばかりを吸っていたとき、たまにシガリロやパイプの独特な甘ったるい臭いははっきりいってものすごく違和感があった。それどころか、同じ紙巻きでも見慣れないアジアなど外国産たばこの臭いですら怪訝に思えた。いや、嫌いだった。今でも一般的なバニラ臭は好きになれない。
ということは、人間って「馴れ」の文化が最も優先されるということだ。
例えば、九州特有の甘ったるい醤油は関東では受け入れられない。嫌煙権が認知されてきた今じゃ考えられないけど、副流煙が煙たいとは思っていても、ひと昔前は、社会とはたぶんそんなものだと吸わない人すら思っていたはず。
日本では財閥系の力関係からか、最初に一般化したビールがキリンだったから、ずっとビールのシェアはキリンの独壇場だった。コカコーラより先にペプシコーラが売られていたらきっとシェアが違っていただろう。
同じような話で子供達が食べる学校給食に、積極的に自社生産のフライものを提供する企業があったな。いったい成功しているのかどうか知らないが、これも味の固定概念化を図ろうと云う長期戦略に違いない。
「馴れ」は固定的な認識となり、ひとつの概念を生み出す。そして一旦固定化された概念を覆すには、生半可ではないまったく違う切り口からのアプローチが必要になる。
だから、スーパードライの登場とキリンの牙城を覆したという事実はわたし的には驚異的だった。どうしてそうなったのか。このことについて、たぶん業界紙辺りではさんざん書かれただろうが、あいにくと私はまったく読んでいないのでここから先はまさに独断と偏見だが、それはスーパードライが缶ビールとして売り出したことが最も大きかったと思う。ビンビールも同じく販売されたけど、世間に与えた印象は缶入りだった。
もちろんビールとしての味もキリンとは趣が違うもののそれまでの既存のビールとは一線を画すものだったことは違いない。面白いことにその後業界を二分するスーパードライ派とキリンラガー派には、それぞれ絶対に譲らないというファンまで顕著に登場するようになってくる。それほど画期的な味の変革、新しい味の創出だったことは間違いない。
が、それよりも缶ビールがメインであるかのような印象を与えることに成功したこと、時代が水もお茶も自販機で売る時代になっていたこと、そしてその自販機ベースの気軽さに強力にアプローチする缶の特性・・・時代の申し子のような出現だったのかも知れない。
キリン一辺倒だった時代にはビールは瓶入りをグラスに入れて飲むもので、缶ビールはどうしても仕方がないときに利用するものに過ぎなかった。人間の味に対する感覚へ微妙で、缶を口づけるときの金属味が嫌われていた。ところがスーパードライに限ってはその金属味があまり気にならないのだ。
スーパードライがやったこと、それは新しい「缶ビール」というジャンルを創出し切れたという事だ。今まで一般的にビールに持たれていた認識、例えばあまり冷やしすぎず、味を楽しむかのような言い回しをすっとばして、キンキンに冷えた缶ビールをカラッと飲む。同じ業界でありながら別の土俵を作り上げてしまった。
実はドライだってグラスで飲む方が旨い。しかし缶でもいける味だった。そうしてそれまでのビールに対する固定概念を覆しておいて、ビンビールの世界でもキリンを凌駕してしまう。
今のシェアがどうなっているのか知らないが、振り返ってみてもこのスーパードライがやったことは驚異的だったと思う。味という、人間の嗜好に依存する感性的で曖昧な部分で固定概念を覆したのだから。
え?私ですか?どっちも好きですが(爆)
う〜む・・たばこの話を書き始めたつもりが話が脱線しまくりなので、一旦仕切り直すことにします。
もちろんビールとしての味もキリンとは趣が違うもののそれまでの既存のビールとは一線を画すものだったことは違いない。面白いことにその後業界を二分するスーパードライ派とキリンラガー派には、それぞれ絶対に譲らないというファンまで顕著に登場するようになってくる。それほど画期的な味の変革、新しい味の創出だったことは間違いない。
が、それよりも缶ビールがメインであるかのような印象を与えることに成功したこと、時代が水もお茶も自販機で売る時代になっていたこと、そしてその自販機ベースの気軽さに強力にアプローチする缶の特性・・・時代の申し子のような出現だったのかも知れない。
キリン一辺倒だった時代にはビールは瓶入りをグラスに入れて飲むもので、缶ビールはどうしても仕方がないときに利用するものに過ぎなかった。人間の味に対する感覚へ微妙で、缶を口づけるときの金属味が嫌われていた。ところがスーパードライに限ってはその金属味があまり気にならないのだ。
スーパードライがやったこと、それは新しい「缶ビール」というジャンルを創出し切れたという事だ。今まで一般的にビールに持たれていた認識、例えばあまり冷やしすぎず、味を楽しむかのような言い回しをすっとばして、キンキンに冷えた缶ビールをカラッと飲む。同じ業界でありながら別の土俵を作り上げてしまった。
実はドライだってグラスで飲む方が旨い。しかし缶でもいける味だった。そうしてそれまでのビールに対する固定概念を覆しておいて、ビンビールの世界でもキリンを凌駕してしまう。
今のシェアがどうなっているのか知らないが、振り返ってみてもこのスーパードライがやったことは驚異的だったと思う。味という、人間の嗜好に依存する感性的で曖昧な部分で固定概念を覆したのだから。
え?私ですか?どっちも好きですが(爆)
う〜む・・たばこの話を書き始めたつもりが話が脱線しまくりなので、一旦仕切り直すことにします。


