日吉町のご自宅に引き続き、故柿原先生の山川町のアトリエにおじゃまする。

ここもご自宅同様、いやそれ以上に美術家 柿原 聰のこだわりがよく表現されているアトリエだった。

築20年程度らしいが、窓枠はアルミサッシなどではない、本物の木枠で二重ガラス。見るからに堅そうなその木枠はたぶん、北欧かどこかの堅牢な木材のようだ。

床材も今流行の合板フローリングではなく、ごつごつとした無垢材が敷き詰められている。無骨なまでの鉄製の階段の手すり、南側に大きく開放された窓、アンティークで統一された家具類など、そのままちょっとしたギャラリーにもなりそうな佇まい。

なんとかこのままで何かに使うことは出来ないものかと、頼まれもしないのにアタマの中では勝手に考えている(苦笑)

ここへ来る途中、追分の旧「冨の寿」の横を通ってきたが、なんと、あの情緒豊かだった煉瓦造りの煙突や、漆喰と黒塀で囲まれた大きな酒蔵が綺麗さっぱり無くなって、更地になっていた。

この街には歴史を残そうと云う仕組みはないのだろうか。仮にあっても経済原則がそれを上回ったと云うことなのだろうが、とても残念な気持ちになった。いずれ切り分けられて宅地分譲と云うことにでもなるのだろう。

久留米も最近、観光に力を入れているのは分からないでもないが、耳納北麓の豊かな自然環境への拠点として、充分な敷地面積の活用も含め、貴重な観光資源になり得ただろうに。

過去記事:故柿原先生 宅 [kurumejin.jp/51374410]



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