役に立たない話

トーキョー土産



カミサンが長い東京行きから戻って来た。10月に生まれた孫のお世話。長いと云っても1ヶ月の間に途中戻って来たりで、連続で最長11日間なんだけど、24時間365日休み無しの家業、普段は仕事をしていても同じ屋根の下に居る訳で、考えてみるとカミサンとこんな期間別々に居ること等初めてちゃあ、初めてだったな。

画像はトーキョー土産にカミサンが買って来たもの。スマホのLightning Cable保護カバーというか、アクセサリー。確かに充電ケーブルはよくこの継ぎ目がめくれて来たりの破損が多いけど、こんなかわいいパーツを考え出すのは日本人くらいだろうな。

迎え火

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娘とカミサンが東京に行っているので、ひとりでぼちぼち、お盆の支度をする。提灯を出し、迎え火の今日は小さなお膳を用意し、だんご粉を練ってお供え。

今年、祖父の墓所を守っていたはずの叔父が、いつの間にか納骨堂へと代々の墓を移し、元々の墓所が更地になっていた。は?と面食らっていたが、幸いまだ他人の手には渡っておらず、お寺さんに伝えてウチで使うことに。

図らずも「買い戻す」ことになった訳だが、元々この叔父、祖父から譲り受けた家屋敷を借金のカタに押さえられ、この時は泣きつかれた母が買い戻した。独立自営の家業を営む代々の家風と違って、大学出て高校教師になった叔父。他の兄弟とは考え方が違い、生涯仲違いしたままだったのは理解するが、代々のお墓がそれではいかんやろ。叔父には「儀」という字は無いんだろうな。

お寺さんとのおつきあいもそこそこで、年に1〜2度しか墓参りに行かなかったわたしだが、たまたま運良く買い戻せたのは祖父や父の導きだったんだろうなと思う。今後はもう少しきちっとやらなくては、と襟を正す。

8月7日、立秋。妹の誕生日でもあるんだが、お寺さんに永代使用料を納め、これから墓石を建立する段取り。元々の墓所は2区画分あったということで、生まれてすぐ、名も無く亡くなったわたしの兄が祀られた北側の区画をいただいた。

住職も「なんで2区画分だったんでしょうね」と宣っておられたが、生前、熱心にお寺におつとめし、多くの雲水を自宅にまで呼んで食を振る舞っていた祖父をよくご存じないんだろうなと思う。わたしには全く不思議はない。とはいえ、そのまま2区画使わせてくれと云うほどの甲斐性もないが。

さて、迎え火の今日、父は帰って来ているだろうか。これでいいよね、親父。

蜩(ヒグラシ)とツクツク法師 還暦ライダー (2)

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今年のまつりも無事に終わった。ちょっとだけ時間を作って、まだ暑い下界を離れて高良山へ。

木立に囲まれた登坂道路が超涼しい。途中、TREKを駆り力強く登り続けるチャリグループと遭遇。なんだか申し訳ない気もしつつ、高良大社を駆け抜けて森林公園まで。

気持ちい〜い。35度が普通になって来た街なかとは別世界だ。抜けるような青空と緑の山並み。点在するサルスベリの木だけがマゼンタ系の存在感を放つ。特徴的なのは蝉の声。ここでは既にツクツク法師と蜩(ヒグラシ)が陣取っている。夏の終わりを告げられている気がするよ。

コケないように(苦笑) ゆっくりと下山。曲がりくねった峠道で別にコーナーを攻めていた訳ではないが、このアメリカンタイプのバイクは、通常のレーサータイプと違ってあまり倒し込むと、すぐに腹をガリッとやってしまう。今回もちょっとだけ「ガリッ」とさせちまった(汗)

サイドカーよろしく、バイクを立て気味にハングオフして回るが、これもブラインドコーナーでは対向車の発見が遅れて危なっかしい。ま、ゆっくり走れってことですな>アメリカンタイプ。

しかし、オートマが当たり前なクルマと違って、楽しいよね。バイクももちろん、クルマと同じく一つの移動手段なんだけど、どこかに行くためだけではなく、ただ走るためでも楽しいのがバイクっていうものさ。

analog感 還暦ライダー (1)

480

2ヶ月半ぶりの投稿(苦笑)

還暦も3年過ぎた。いつかなにかのドラマで主人公が宣っていた言葉がよみがえる。人生を3分の1ずつに区切るという生き方。
人間、生まれて20歳までは人の世話になって生きる。それから60までは、社会のため、家族のために生き、そうして初めて自分のために生きる時が来る。
というもの。もちろん現実には、そうそうすっぱりと割り切れるもんじゃない。これからも社会や家族との時間は共有され続けるわけで。それでも、少しは自分のために使う時間を持ってもいいかなと思うようになって来た。

ということで、40年ぶりにバイクに乗る。昔、一度はなくした免許(爆) ということで、若者に交じって自動車学校通いすること17時間。大型ではないが、無事に卒業。新米の還暦ライダー誕生だ。前から気になっていたバイクも買った。

YAMAHA DragStar Classic 400。昨年排ガス規制により生産終了になっていたが、運良く最終型の2016年式タイプが手に入った。1300kmくらいしか走っていないノーマルな車体。現物を見ても、美しいと思えるアメリカンタイプのバイク。実は乗るのは40年ぶりだが、自分のバイクを買うのは初めて。

今は、ヒマを作ってはちょこちょこと乗っている。風を切り、スラロームする楽しさもだんだんと思い出してきた。普段オートマのクルマに慣れていると、フルに両手両足を必要とするバイクのアナログぶりは超楽しい。大型スクーターもある時代だが、バイクは昔とちっとも変わってない。

今の道交法じゃ、1年間はタンデム禁止。来年、カミサンを乗っけてツーリングに行くまで、コケないようにがんばりマス(笑)

老兵は・・・(2)

qx

このアプリをご存知の方は、かなりの昔からDTPの世界で仕事して来た人。ていうかDTPということばがやっと業界で出て来た頃だ。

クオークエクスプレス[Quark XPress]。これはバージョン3.3だが、確か4くらいまで使ってたっけ。印刷所に入れるページものの原稿は、当時ほぼこれしかなかった。

実は、某団体のウェブサイトを手がけることになり、過去のデータを見るためにものすごく久しぶりに立ち上げた。いやはや懐かしい。もちろん、OS Xなどでは認識もしない(苦笑) *Adobe InDesignで一応開くことは出来るけど、古いマシンも捨てられませんなぁ。

たまに、書類に手書きで自分の年齢を書くシーンに出くわすと、改めて「トシをとったなあ」という気にさせられる。街でケーサツ官に気易く「おとうさん」と呼ばれると、「オレはお前の親父ぢゃない!」と反発心が沸いて来る。

そうは云いながら、こちらも第三者をさして「おっちゃん」「おばちゃん」などと呼んだりするが、大抵、向こうはせいぜい同世代か、既にオレより若い(爆)

筋力の衰えにおののき、両手で林檎を割ってみると、ちょっと苦労はするが、まだどうにか割れる。3階くらいまでなら走って階段を上ることも出来る。折れるかも?とも思うがやってみるとまだ、指立て伏せも出来る。

・・・我ながら「バカやねぇ」と思うけど、やせ我慢しなくなったら終わりさ。免許更新では、かっては一発でOKだった深視力でやたらと苦労したりしたけど、なあに、まだこれから、とあらためて思う63度目の誕生日なのだ。

老兵は・・・(1)

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Mac OS X Mavericks。既にサポート外だったが、Safari 9.1.3がついにfacebookで云うことを聞かないようになった。閲覧は何とか可能だが、「イイネ」は押せず、コメントも反映しない。

今使っているのはMac OS X Mavericks。これも付随しているiTunes12.6.2.20が最新のiOSに対応しなくなり、iPhoneの母艦としての役割も果たせない。Safariは 11.1になり、既にサポート外。

Yosemite、El Capitan、macOS Sierra、macOS High Sierra・・もはや「X」とも云わなくなった。OSのアップデートは無料になったとは云うものの、問題はそこではない。使っているアプリケーションは有料だし、それにアップデートが必ずしも好結果になるとは限らない。

しかし、webだけは最新に付いていくしかない・・つまり新しいマシンを買えってことにしかならんか(爆) やれやれ・・

休日



「まだやってます?」
「あぁ、今日までやってますよ」
ということで、1ヶ月ぶりの休みはまた糸島へ。新人研修で何かと忙しい娘はおいといて、カミサンと二人で出かける。牡蠣小屋は今シーズン3度目かな。

シーズン最終日だったけど、前日が雨だったせいか、人もクルマも少なめ。まあ、おかげでゆっくりとできるんだけど、ピーク時のあのわんわんしたお祭りっぽい雰囲気もなく、今年も終わりなんだなという風情だった。

帰りにアイスクリーム屋さんに寄り道。ここは逆にこれからシーズンを迎えるところだけど、今はまださほどお客さんは多くない。夏のハイシーズンにはとても寄れないけどね。一息ついて野北海岸へ海を眺めに行く。糸島でもっとも長い海岸線。昨日が雨だったせいか、今日はパラグライダーの連中は来ていないみたい。・・・広い水平線は眺める分にはいいんだけど、カメラに撮る時はやっぱり海岸線がないと絵にならんな(苦笑)

最近は大都市福岡からの人が多い二見ヶ浦あたりは避けて、糸島の西側に直接来るようになったけど、ここもいずれ人が多くなるんだろうなあ。

Stephen William Hawking's Death

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車いすの天才物理学者、スティーヴン・W・ホーキング(Stephen William Hawking)没のニュースが速報で流れた。76歳。

子どものころからずっと思っている疑問「なぜ、宇宙は生まれたのか?」には答えてくれなかったけど「どうやって宇宙が始まったのか?」には面白いアイデアを教えてもらった。量子論なるものを聞きかじったのも彼からだったように思う。

もちろん、物理学的、数学的に理解することなど途方もないが、ずいぶん前に彼が一般向けにわかりやすく書いたいくつかの本で多少哲学的には理解出来た。「生きているし、死んでいる」

久しぶりに読み返してみるかな。

合掌

衝動買い:銀河鉄道の父

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カミサンと買い物に行くと、しばしば別行動になる。 「パパのは買い物じゃなくて、仕入れだからね」

なるほど確かに一緒に買い物に出て、出来るだけカミサンにあわせようとはするが、基本的にわたしは必要なものしか買わないし見ない。カミサン的には一緒にいないほうがゆっくり買い物を楽しめるって訳で。・・ということで、そんなときに唯一暇がつぶせるのが本屋だ。本屋ならわたしは何時間でも暇がつぶせる。

当然ながらつい、衝動買いしてしまうことも多い。家にはまだ読んでいない「積ん読」の本が結構ある。本も結構いい値段するので、最近ははじめから文庫本のコーナーに行くことが多いのだが、この日は新書コーナーに並んでいた本のタイトルに吊られた。

銀河鉄道の父:門井 慶喜

なんとこの本、今年の直木賞受賞作らしい。知らやったなあ。セカオワの誰かがノミネートされたって云う話は耳にしていたけど。

昨年、くるめ市民劇団 ほとめき倶楽部での本公演が「イーハトーボの劇列車:井上ひさし作」だったので、つい賢治の父、ということで興味を持ってしまった(苦笑) これも「積ん読」にならないうちに読むようにしよ。

イーハトーボの劇列車 ほとめき倶楽部 Digest Movie

久留米の演劇情報誌 [actorscafe.jp]


Singularity [シンギュラリティ]2018の初夢

201801 想像、空想、夢想、妄想、机上の空論・・・お正月はそんな愚にもつかない意識のあそびにはもってこいの時間だ。何年か前に「ヒッグス粒子」が話題になった時も色々と夢想したもんだが、昨年12月発刊の雑誌Newton 2018年1月号が興味深かった。

テーマは「AI:人工知能」だったんだが、レイ・カーツワイル[著書 特異点は近い:The Singularity Is Near,2005著]センセイによるとその始まりは2029年、一般化するのが2045年という予想だ。2045年はともかく、2029年というと、後10年程度。大病も事故もなければ充分その瞬間にわたしもまだ生きている確率は高い。なんだか、ちょっとその時代を見てみたくなった。

シンギュラリティ[技術的特異点:Technological Singularity]。簡単に云うのは難しいが、例えば、AIが自分で考え、自己開発し始めること、しかもとてつもなく速いスピードでなぜそう云う結果を導き出すのか、人間には理解出来ないプログラムをAI自身が開発し続けることだ。

この点は夢物語ではない、今のテクノロジーだってものすごい進化のスピードだが、その原理すら想像もつかない量子コンピュータは、すぐ近くまでやって来ている。既にいくつかの家庭にあるハードディスクの記憶容量など人間の脳みその容量を越えているという。

最近、チェスに始まって囲碁、将棋とAIは次々に人類の頭脳を越えている。しかし、これはまああまり驚くには値しない。人間はとっくの昔に機械には負けているのだから。機械は人間よりも早く走れるし、力も強い、空だって飛ぶことも出来るし、産業革命の時代から人間は機械の力を使った社会を形成している。

産業革命の頃、それに反発して機械化に反対したのは、多くはブルーカラーのマニュアルワーカー(工員、職工など決まった作業をする人)だった。今だって限定的だが似たような話を工場のオートメーション化、近代化への転換の度に耳にする。いわゆる「仕事が無くなる」という危機感からだ。

しかし、その後の時代は人間の仕事がマニュアルワーカーからナレッジワーカー(知的労働者)へとシフトして行ったものの「仕事がない」「することがない」という社会にはならなかった。むしろ今は機械無しでは成り立たない社会になっている。それどころか、人間がいったい何に金を使っているかを考えると顕著で、自分の時代を振り返ってみてもアナログな時代から比べると、たとえば圧倒的に「情報」などというものに使っている。

サザエさんの時代には、一家に1台だった電話は、今や一人1台以上だ。その当時ですら電話代は月に数千円だったと思うが、金銭価値の変化はあっても、今や4人家族なら毎月40,000円前後を平気でスマホに使っている。もっというなら、既に「電話」でもない。現にそれだけ産業構造は恐ろしいスピードで変化して行っている。

だが、シンギュラリティでテーマになるのはそういう世界ではない。今は、囲碁には囲碁のAI、将棋には将棋の、クルマにはクルマのAIが使われているが、シンギュラリティな世界はモロに「鉄腕アトム」の世界だ。一家に1台?置かれるだろうロボットが、すべての家事をやってしまう。仕事に行こうにも、一切の事務仕事はすべてAIがやってしまう。人間はする必要ななく、また、AIは自分で与えられた仕事以上の業務をはるかに確実に、はるかに速く、文句一つ云わずにやってしまう。それどころか仮に故障しても自己修復していき、人間が考えもつかない効率的な方法を生み出す。

現在あるようなこんな単一目的のAIではない、いわゆる「汎用人工知能」の登場は、とてつもない変革をもたらすだろうことは、容易に想像出来る。現在ですら、AIの考えることに既に人間はついて行けないのだから。その先、どんな世界が待っているだろう。

職業の種類は劇的に変化するだろう。我が社の仕事はホテル業。こと宿泊に関して云えば、受付や営業面はともかく、清潔で快適な環境、客室を提供することが仕事だ。客室の清掃やベッドメイクをロボットにやらせるのはちょっと現実的ではない気がする。つまりいつまで経っても人手が要る。

だが、ほんとうにそうか?今の作業をロボットに置き換えるのはかなり困難だとしても、既に自分で掃除して清潔に保つトイレはぼちぼち出て来ている。汚れないバスルーム、自動清掃式の壁や床だってそのうちに出来そうな気がする。ベッドメイクはどうだ?これこそ難しいと思うが、ひょっとしたら一生洗わなくていいシーツが出来るんじゃないか?・・・ま、もうちょっと先になりそうな気はするけど(苦笑)

04 先日、仲間内での忘年会で「職人」が酒のネタになった。職人とは何かというと「目的とすることに如何に合理的にたどり着くかを常に考え、努力する人間」という結論だった。だからこそ、一見、たとえば無駄だらけの作業のようでも一つ一つに合理的な意味があり、その所行が素人にはとてもまねの出来ない美しいとさえ思える結果を導き出せる。

皮肉っぽいが、比喩的に云うと「機械のように」正確なシゴト(苦笑)を職人的と云ったりする。機械のように正確無比なコントロールを持つピッチャー、「機械のように」正確なプレースヒットを放つバッター・・・不完全な神経細胞と使えば疲労が堪る筋肉細胞を鍛えに鍛え「機械のような」「人間離れした」結果を出す人間に、人間はしばしば感動する。

多くの人が「煩わしい」と感じる事務仕事が、人の手を離れる。住民票を取りにいちいち、役所に行く必要は無くなる。3月15日までに長蛇の列を作って税務署に行かなくてもいい。車検なんか不要。ていうか、どこかに行くときにクルマを運転する必要もない。悲惨な交通事故もほとんど起きない。

検事や弁護士が過去の膨大な判例を調べる必要もなく、裁判はほとんどが即時結審。町じゅうに配置された監視カメラがほとんどの証拠を自動的に提出する。

いろいろ想像すると、シンギュラリティによって最初に職をなくすのは、産業革命の時と違って今度はホワイトカラー、ナレッジワーカーの方だと思う。汎用人工知能が作り出す先進的プログラムを人間が理解出来なくなるのは間違いない。だが、最終的にアナログな動作が必要な機械を作り出すことは、そう簡単ではない気がする。

今や流行の職業?とも云えるシステムエンジニアだが、一社に1台、 汎用人工知能があれば、プログラムの修正や変更などそれで事足りるようになるのではないか?

わたしは株や投資をやらないが、既に金融ディーラーはAIに勝てないと聞く。じゃあ、みんなが使い出せば誰が損する役になるのだろう(爆) 今のところはっきりしているのは大きく張れる奴が、より大きな見返りを得るってことくらいか。なんだ、結局持ってる者と持ってない者の差が一段と顕著になるだけか?

もっと突き詰めると「人間にとって」公平で理想的な社会システムをAIによって成立させることが出来るだろうか。社会主義、共産主義は既に文字通り幻想化してしまったが、かといって自由主義、資本主義が幸福な社会を生み出しているとはとても云い難い。貧富の差はますます大きくなるばかりだ。世界中の多くの富はごく一握りの人間の手にしか集まらない。今のところ人間には創り出せていない新しいイデオロギーがAIによって成立したりするのだろうか。

物理学の壮大なテーマ「統一理論」がAIによって発見されたりするのだろうか。この世の不思議、宇宙の神秘、進化のメカニズムは人工知能によって解き明かされて行くのだろうか?・・・まてよ、それ以前に発見された理論を人間は理解することが出来るのだろうか?だとすると相変わらず「不思議」は「不思議」のままか?(爆)

「汎用人工知能」を最初に手にするのは、間違いなく富める者だろう。だとするとやはり、悲劇的な貧富の差が解消されることはないのだろうか。

03

シンギュラリティを迎えるのは間違いないが、当然ながらたくさんの心配事もある。手塚治虫も描いたように「人間に危害を加えない」「自殺しない」などのロボットの法律。もはやこれはSFの世界ではなく、天才物理学者スティーブンホーキングほか世界中の3,000人の科学者が署名に名を連ねるアシロマの法則というのが既に昨年1月に発表されている。

ほかにもいろいろと懸念されることはあるが、ターミネーターのように機械相手にアナログな戦いを挑まなくていいようにしてもらいたいね。一般的な平等な社会などあまり期待はしないが、少なくとも悲劇的な貧富の差は無くなって欲しい。そして、新しい世界でも生きることが楽しく、生き甲斐のある世界になって欲しいね。


どうです?あと10年、見応えのある初夢だと思いませんか?


2012初夢その1「宇宙は二次元の球である」 [kurumejin.jp/archives/51319616]

2012初夢その2「オリオンの右肩が消える日」 [kurumejin.jp/archives/51319617]

2012初夢その3「ヒッグス粒子」 [kurumejin.jp/archives/51319619]




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